□BACK
□□□ 刻の思い出 □□□
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人にとってもっとも大切なのは何だろうか。
過去というセピア色のフィルム。
現在という総天然色のスクリーン。
未来という真っ白の台本。
どれもこれも大切に思える。
そう、人に"それ"を選ぶ事は難しいのだ。
それを知る為に生きているのかもしれない。
恋をし、人を愛し、大切なものを作り上げる為…。

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 放課後。
授業が終わり、生徒達の数も教室から減っていく。
「さて、と…」
 教室の一角、北川潤は帰り支度を済まし、帰ろうとしていた。
この日は珍しく宿題も無く、意外に授業が早く終わり。
気持ちだけはもう帰宅した状態だった。
 外は雪が降り、僅かながらも真新しい白い絨毯がひかれ始めている
「雪……か」
「ああ、雪だな」
 そんな風に言ってきたのは相沢祐一だ。
一ヶ月ほど前転校して来て、今ではこの街の生活にすっかり慣れている。
まぁ、彼の事は有名なのでわざわざ言う必要もないだろう。
「相沢はまだ帰らないのか?」
「ちょっとな、たまにはすぐ帰らない時だって俺にもあるさ」
「そりゃそうだろうな、相沢だって人間だし」
「おい、そりゃどういう意味だよ」
「冗談だって」
 そんな雑談をしてる時…。
「祐一、終わったよ〜」
 祐一の従姉妹であり、居候先の家主の娘である水瀬名雪が小走りで教室に入ってきた。
「お、意外に早かったな」
「うん、わたしもこんな早く終わると思わなかったよ」
 いかにも仲がいいような会話。
そうも聞こえないかもしれないが雰囲気的にそういう感じだ。
「んじゃ帰るか」
「うん、帰ろっ!」
 そう言って我先にとのように駆け出す名雪。
「おい名雪………はぁ……んじゃな、北川」
「ああ、また明日な」
 そう言い合って、二人してうなずく。
大変だな、まぁな……と、アイコンタクトでも会話したからだ。
まだそうも長く付き合ってるわけではないが、
この程度の事なら出来るようになった。
まぁ、これも彼の慣れの一つだ。

 昇降口にまで来たが、外はさらに雪が降り続いていた。
「……傘あったかな」
 さらに曇った空を見てそう呟く。
「…しょうがない、走るか」
 鞄を掲げ雪降る中を走り出す北川。
思ったていたよりも雪は激しく降っており。
あっという間に体中が濡れ、靴もびしゃびしゃだ。
「くそぉ……」
 何とかクレープ屋の軒下まで走り、雪が止むのを待つことにしたようだ。
だが、雪は止む気配を見せず、尚も降り続ける…。
「はぁ……」
 ため息を出しても状況は変わりもしない。
けど、自然とため息が出てしまう。
と、その時。
「うぅ……寒ぃ…」
 小学生ぐらいだろうか?
長く、ホンの少しだけウェーブのかかった髪。
まだ育ち盛りの体型、純粋そうな綺麗な瞳。
いかにも美少女と言った外見をしている。
「………」
 少女は北川の顔を見つめ…。
「お、おいっ! 何するんだよ!」
 北川のポケットに手を突っ込み…。
「ひぃふぅみぃ……」
 勝手に人の財布の中身を調べる。
そして……。
「すいませんっ、このオリジナルクレープ2つください」
 いきなりクレープの注文をする。
北川の財布から千円札を抜き、それを店員に見せてだ。
「はい、ちょっと待ってね…」
 クレープ屋の店員がそう言い、クレープを焼き始める。
「おい……いきなり何するんだよ」
 少女に少し脅しをかけるように言いかける北川。
普通、上の年齢の人間からそうも言われると怖じ気ついたりするものだが。
少女は違っていた。
「クレープ」
「は?」
「だって、クレープ食べたかったから」
 少女は怖じ気づくような態度はせず、逆に堂々としていた。
「それなら…自分の金で…」
「持ってないよ、お金なんて」
 なんつうガキだ。
 北川はそう思った。
「今日は災難な日だ……」
 ボソリと呟く。
帰りに雪に降られ、制服は濡れ、靴はびちょびちょ。
さらに見知らぬ少女にたかられ…、
まさに悪いことづくめだ。
そう北川は感じている。

「はい、2つで千円ね」
 焼き上がったクレープを差し出す店員。
「んー…」
 千円札を差し出し、クレープ2つを受け取る少女。
もちろん千円札は北川の金だ。
「はい、ちょうど…、ありがとうございました」
 タイミングを見計らったように丁度雪が止んだ。
「雪が止んだか……」
 さて、行くかというその時。
「ハイ」
 少女がクレープの一つを北川に差し出す。
「……は?」
「は? じゃないよハイ、クレープ」
「いや、オレは…」
「食べたかったんでしょ、実は」
「う……」
 実を言うとそうだった。
 あまり人には言えない事だが、
北川自身クレープは嫌いではない。
むしろ好きだ。
だが、いわゆる男子高校生が一人で食うような代物じゃない。
気恥ずかしさ等があり、さらに他人の視線が痛い。
そんなわけで、北川はさっき待ってる間も我慢をしていたわけだ。
「そ、そんなわけない……」
「でも、あたし一人じゃ食べきれないよ」
「それなら何で2つも」
「だって、食べたそうだったから」
「……わーったよ、食べる、食べりゃいいんだろ?」
「そ、人間素直が一番」
 何かむかつくな…。
 そう思いながらクレープを受け取り…
「んじゃなお嬢ちゃん…」
 その場から少しでも逃げようと歩き出す。
あんな娘と付き合っていられるか。
それが北川の正直な気持ちだった。
が……
「待ってよ」
「ぐはっ!」
 少女は北川の袖を強く引っ張った。
「な、なんだよ…」
「ねぇ、一緒に食べようよ」
「はぁ? 何で一緒に食べなきゃならないんだ?」
 もっともである。
だが……。
「いいじゃない、そんな事」
「それなら一人で食べたって変わりないだろ?」
「ふーん……」
 少女は意味ありげな笑みを浮かべ…。
「な、なんだよ、その顔は」
「それじゃ一人で食べられるの? そのクレープ」
「うぅ……」
「ねぇ、どうなの?」
 小悪魔的な笑みを浮かべながら、
少女は北川に問う。
「わかったわかった…食うよ、食えばいいんだろ?」
「うん、それじゃ行こっ!」
「おい、別にここで食ったっていいじゃないか」
「だって、ドラマチックな食べ方ってのがあるじゃない」
「どらまちっくぅ?」
「そう、ドラマチック…」
 少女は何か遠くを見つめ。
「年上の男性(ひと)と始めてのデート、まさしくドラマチック…」
「いや、デートもなにもな…」
「やがて二人は恋に落ちて……」
「だからな…恋も何もオレ達は今会ったばかりだろ」
 もっともな事を言う北川。
だが少女は……。
「これから恋するから平気よ」
 何か間違ってるような合ってるような事を言う。
「これからも何もオレは…」
「あたしが愛してあげるから平気」
「…とにかくオレと一緒にクレープを食えと言うのか」
 ため息を出しながら言う北川。
「かいつまんで言うとそうかな♪」
「はぁ…」
「それじゃこっちこっち」
 北川の制服の袖を引っ張り、駆け出す少女。
「お、おいっ」
 その少女に仕方が無くついていく。
一体なんなんだ。
北川はそう思いながらも今は少女についていく事にした。
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「えーっと、この辺かな…」
「何処まで行くんだよ…おい」
「もうちょっと、ここからはゆっくりいこ」
「あ、ああ……」
 少女についてきてみると、周りはみたこともない景色だ。
街路樹が並び、人気のかけらもない所だ。
「こんな所がこの街にあったんだな…」
「知ってる人は少ないけどね、あたしのお気に入りなんだ」
 少女はいかにも嬉しそうな顔をしている
さっきから生意気なだけに見えたようだが、
やはりは女の子だ。
素直に笑顔を浮かべ喜んでいる。
「あ、ここだよ」
 少女は前のほうを指さした。
目の前には大きな噴水のある公園が見える。
「へぇ…」
 人気がほとんど無いその公園は何か不思議な感じがした。
静寂と寒さがその感じを生み出しているのだろうか。
「さっ、食べよっ」
「あ、ああ……」
 そして二人でベンチに座り、クレープをやっと食べ出した。


「……ふむ、美味い」
 一口クレープを食べ、そう呟く北川。
ふと、横を見てみると…。
「はむ…はむ……」
 小さな口を一生懸命あけてクレープを食べている少女の姿があった。
「ふっ…」
 微笑ましい姿を見て、口元がゆるむ。
そしてまた食べる事を再開する。

 ホンの何分かの間だが、
無言で二人はクレープを食べ続けた。
何も喋らず、ただ夢中にクレープを食べた。
「ふぅ……」
 北川がクレープを食べ終えた頃には
まだ少女は半分以上クレープを食べ残していた。
「うぅ……」
「もう食えないのか?」
 北川が聞くが。
「食べられるよ…」
 何か無理をしてそうに返事をする。
「無理だろ、このクレープ値段と相まってデカいんだから」
「うぅ……食べられるってば……げぷっ」
「ほら…無理はするもんじゃ……」
「で、でもぉ…」
「しょうがないな……」
「あっ……」
 北川は少女がまだ食べているクレープを奪い。
一気に自分の腹の中に納めた。
「これで、もう食わなくていいだろ?」
「うぅ……」
 何か涙目になっている少女。
「どうした?」
 北川が問いかけると。
「それ……帰ってからまた食べるつもりだったのに…」
 別に今すぐ全部を食べるつもりじゃなかったらしい。
「な……そうだったのか……」
「うう……」
「スマン…勝手に食って」
 もっとも人の食べ物を食べると考える自体どうだと思うが…。
まぁ、過ぎた事だからどうも言えた物ではないが。
「謝ってもクレープは帰って来ないよ…」
「だからスマンって…あ、ほらまた買ってやるからさ」
「それじゃ嫌…」
「いや、ホントにスマン…」
「本当にすまないと思ってるの…?」
「ああ、本当だ」
「それなら…あたしの言うこと、一つ聞いてくれる?」
 その言葉を言う泣き顔の奥にはあの小悪魔的な雰囲気がどことなく見える。
だが、北川は弁解するのに夢中で気がつかなかっただろう。
「ああ、一つだけでなら」
「それじゃ…」
 涙を拭きながらクスリと笑い…。
「これから毎日あたしと付き合って」
「へ……?」
 ?マークで頭がいっぱいになる北川。
そりゃそうだろう、
普通、いきなりそんな事言われても返答に困るだろう。
「だから、付き合って」
「何でまた…」
「いいのっ! とにかく付き合って!」
 何かムキになって言う少女。
「さすがにそれはちょっと……」
「……それなら、大声で泣くよ。
 困るよねー、こんな辺鄙な所で泣かれちゃぁ」
 ニヤニヤ笑いながら北川に問いつめる少女。
「…それはオレに脅迫をしているのか?」
「どっちなの? 泣かれたいの? それとも素直に…」
「だから……」
「あたしは返事を聞いてるの、どっちなの?」
「……わかったよ、付き合やぁいいんだろ? お嬢さん」
 もうなげやり状態で返事をする北川。
「わぁ、本当?」
「ああ、本当だよ本当!」
「それじゃ明日っからね、あのクレープ屋で待ち合わせっ」
「はいはい……」
 北川はもう少女の言いなり状態だ。
半分諦め状態で少女の言うことを聞いてるので、
もうどうでもいいや、という感じである。

「そう言えばお互いの名前、知らないよね?」
「そうだな……」
 名前なんてどうでもいいだろ、と思いつつ少女の言葉を聞いてる北川。
「そっちの名前はなんて言うの?」
「…北川だ、北川潤」
「きたがわ……うん、覚えた」
「はいはい、それじゃな……」
 とっとと帰りたい気持ちがあったので、
名前を言うだけ言ったら後ろを振り向いて歩きだした北川。
「待ってよ!」
 そう叫び、北川の袖を引っ張る少女。
「な、なんだよ…」
「せめて、あたしの名前ぐらい…」
「……はぁ…わかった、それじゃ聞いてやるから…」
「聞くだけじゃダメ、ちゃんと覚えてよ」
「はいはい……」
「それじゃ言うよ」
「わかったから…」
「だから、言うよ!」
「それじゃ言えよ、ほら」
「だから言うんだってば!」
「…ちゃんと聞いてやるって、だから言えって」
「うん…、それじゃ言います」
「はいよ」
「あたしの名前は……『かおり』だよ」
「『かおり』ちゃん、ね…はい覚えた」
「ちゃんと覚えてよ!」
「ああ、覚えるから安心しろ」
「うん、ちゃんと覚えてね」

「さて……そろそろ帰らないとな…」
 かおりと北川の二人は名前を覚え合った後、
いろんな事を話しあったり、遊んだりしていた。
その間に空は紅く染まり、夕方の時間になっていた。
「え…、まだ……」
「ほら、空を見て見ろ、もうそろそろ夜だぞ」
「あ…ホントだぁ…」
 それから二人は商店街まで戻り、
別れることにした。
「それじゃな」
「うん、それじゃまたね北川お兄ちゃん」
 その言葉にずっこけた北川。
「あのなぁ…」
「え、だって年上なんだし…」
「いや、だけど何て言うか…」
 恥ずかしいから、とは言えなかった。
というか口に出せなかった。
「それじゃ何て呼べばいいの?」
「うーん…」
 だが、恥ずかしいからと言って他にいい呼び方は思い付かなかった。
「……やっぱ、お兄ちゃんでいい…」
「うん、わかったお兄ちゃん♪」
「はぁ……」
 何か恥ずかしい気持ちと度重なる不幸や不安が北川にのし掛かった。
「それじゃまた〜」
「ああ、また!」
 少女は夕日の商店街に消えていった。
その姿は何か神聖な感じがした。
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 いきなりの出会い。
そして、付き合うという「約束」
明日はどうなるか、
そして明後日は。
その次は……
と、勉強をしながらら北川は考えていた。
 何か不思議な感じのする少女。
自分の好きな人に何処かしら似てるからか…
それだから相手にしたのか…
本当の事はわからない……。

 ただ、明日からの事だけを考えることにした。
明日からの日々を……。
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 次の日から、北川と少女の付き合いの毎日が始まった。
いや、『デート』と言った方がいいだろう。
少なくとも、少女はそう思っているようだから。
 ある日は商店街で――

「わぁ、これ綺麗」
「ん…オモチャの指輪か……」
「ねぇ買ってよ、これ」
「はぁ? これをか?」
「うん、買って」
「……わーった、これでいいんだな」
「うんっ!」
「はいはい……」


 ……などの事や―

「うん、おいしい」
「…クレープばっか食ってると太るぞ…」
「むー、そんな事ないよ…」
「いや、結構カロリーあるんだぞ」
「男のくせにクレープ好きよりはマシだよ」
「う…」

 など……。
『デート』というよりは、
仲のいい兄弟同士、という感じだ。
 そんな関係のまま、『デート』は毎日続いた。
全然そうは見えない形で。
ただ、それが当たり前になっていった。
気がつかないうちに、
ごく短い間なのに、
それが日常として組み込まれていった。
ごく普通に……。
だが、ある日…………。

「あれ……?」
 いつも待っていたはずの少女の姿が見えなかった。
あのクレープ屋の前で、いつも待っていたはずの、あの姿が。
「…遅れてくるのだろうか」
 今日は遅れてくるのだろう。
北川はそう自分に言い聞かせ、少女を待った。
寒い中、ただ待った。
「ん……」
 ふと北川の頭に何か冷たいなにかを感じた。
頭をさすりながら、上を見上げる。
白いものが重々しく曇った空から降ってきている。
雪だ。
「雪、か…」
 そう呟きながら、あの少女と出合った時を思い出しはじめた。
雪降る中、クレープ屋で出合ったあの時…。
白い雪のせいか、少女の姿はどことなく幻想的に見えていた。
今思えばあの幻想的というのは、今の状況の前兆だったのかもしれない。
「はは……」
 北川の乾いた笑いが微かに響く。
聞こえている人は少ないだろう。
けど、彼は乾いた笑いをしばらく続けた。
足下に一粒の雫が落ちるまで。
 知らなかった。
迷惑ばかりと思っていたけど、大切な事だったなんて。
人にとってはくだらない事でも、自分にとっては大切な事になっていたなんて。
そう思いながら、乾いた笑いを続けた。
気が済むまで…。
少女が来ると信じて…。

 だが、少女は来なかった。
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「……」
 その日から、勉強にも力が入らなかった。
日常の一編が欠け、日常という歯車が狂ってしまった。
周りの事なんて耳に入らない。
ただ一人の少女への思いだけが彼を支えていた。
「北川…最近悩みでもあるのか?」
 級友の相沢祐一が北川に声をかける。
「………」
 だが、北川は何も答えない。
ずっと外を見ている。
「……北川」
「………」
 この日も、ただずっと外を見ていただけだった。
授業はまともに受けず、昼もずっと座っているだけ。
崩れた日常。
そうとしか言えなかった。

 そして、放課後になった。
それぞれの用件の為に教室を離れたり、
雑談をしたりする生徒達の姿。
その生徒達の中、北川はずっと変わらず外を見ていた。
「……」
 放課後になったのに気がつき。
帰宅の用意しはじめた。
用意が終わり、教室から出ていく。

 そして、足は自然と商店街に向かう。
向かう場所はクレープ屋。
あの少女が来るのを信じて。
待っていた、ずっと……。
けど、少女は来ない。
でも来ると信じて待ち続ける。
また今日も……。
「……雪」
 この日も、また雪が降り出した。
白い白い結晶が。
あの『出会い』の日も『別れ』の日も降っていた雪。
その雪が、今は北川の心を冷めさせる。
 雪の降る中、クレープ屋の前を離れ歩き出す北川。
雪が積もろうが気にはしない。
敷き詰められている雪に足跡を残し、歩き出す。
他の人の足跡ですぐ消えるだろうが。
深く深く、足跡を残していく。
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 寒い中、公園についた。
あの少女と戯れた公園…。
今では、ただ思い出が残っているだけ。
その思い出だけの場所に足を運んだ理由はわからない。
けど、ここになら来てくれるかもしれない。
そう信じて、彼はベンチに腰を下ろした。
「隣、いいかしら?」
 そんな声が聞こえた。
北川が顔をあげると、そこには級友の美坂香里がいた。
「あぁ……」
「…誰か、待ってるの?」
 そう北川に問う香里。
「ずっと待っている…ここ何日もずっと」
 そう言った後に、彼の足下に雫が一粒…。
「そう……」
 ちらほらと雪が降る公園。
二人は時間を気にせず、ベンチに座っていた。

「美坂は…どうしたんだ」
 北川が香里にも問う。
「……7年前から、待ってるの…人を」
「7年…」
「あの人、まだ子供だったあたしに接してくれて…
 嬉しかった……ただ、接してくれただけだけど……」
彼女の目から涙がこぼれる。
「でも、ある日…あたしが待ち合わせに遅れて……
 それ以来会ってないの……」
「そうか……」
「でも、こうしてまた会えたわ……」
「え……?」
「長かったよ…お兄ちゃん…
 …いえ、北川君」
「え、香里があの……あ……」
 今までの記憶を今の現実が交差する。
あの少女の名前は確かに『かおり』と言っていた。
だが、何故ああして出合ったのか……。
そして、何故いきなり会えなくなったのか……。
 わからない。
だけど、これだけはわかる。
今、二人は再開をした。
北川にとっては短かった。
香里にとっては長すぎた。
両極端だけど、二人の思い出には変わりはない。
 雪降る街での不思議な出来事。
その出来事が良かったのか悪かったのかはわからない。
けど、二人の間には愛が生まれた。
"刻"を越えて生まれた愛が。
二人はこれから新たに思い出をつくっていくだろう。
同じ"刻"を共有して。



今でも彼等は思い出をつくっています。
"刻"を越えて語り継がれるように。
刻を越えた愛。
ある北の街での出来事でした……。





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